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東京家庭裁判所 昭和39年(家)7708号 審判

申立人 橋村道男(仮名) 外一名

右両名法定代理人親権者父 田中辰吉(仮名)

主文

本件申立は、これを却下する。

理由

一、本件申立の要旨

申立人道男は昭和三三年七月八日に、申立人良男は昭和三四年八月三一日にそれぞれ父田中辰吉と母橋村スミコとの間に出生した婚外子であるが、ともに昭和三九年一月三〇日父辰吉より認知され、さらに同年六月一五日父母の協議により両児の親権者を父辰吉と定めた。申立人らは現在父と同居しており、かつ父の氏を称して生活している上、申立人道男は近く小学校入学も控えているので、民法七九一条に基いて、父の氏を称したく本件申立に及んだというのである。

二、判断

申立人らと申立人ら法定代理人親権者父田中辰吉の戸籍謄本並びに当庁調査官阿野博夫の調査報告書その他本件記録一切を総合すると、次の事実が認められる。

申立人道男が昭和三三年七月八日に、申立人良男が昭和三四年八月三一日にそれぞれ母橋村スミコの子として出生し、ともに昭和三九年一月三〇日に父田中辰吉より認知され、さらに父母の協議により両児の親権者を父辰吉と定めて、その旨の届出がなされ、かつ父辰吉は現在母スミコと同居し、申立人らはその監護養育を受けている。しかし、父辰吉には、大正一五年三月八日婚姻した妻しのがあり、同人との間には二男五女の子があつて、練馬区に別居しているが本件申立については、妻しのと三女かず子が他の未婚の嫡出子らの縁談等にも差し支えるなどの理由により反対の意を表明している。

ところで、申立人ら自身については、以上認定の父母との関係からは何等本件申立を不当とする理由はない。また、申立人らが申立人らの父の妻と同一戸籍に入籍し、同一の氏を称することは、旧民法と異なりこれにより何等新たな身分上の権利義務を生ずるものではないから、妻と嫡出子らの反対も理由にはならないのではないか、という見解もあり得る。しかしながら、妻と嫡出子らが、申立人らが同籍することは他の嫡出子の婚姻に支障をきたす、と感ずることは、一般国民感情としては首肯しうるところであり、申立人らの父と妻との別居の理由は明らかではないが、少くとも妻子の反対をそのままにして直ちに本件申立を許可することは、これら夫婦親子間の葛藤をさらに深め助長する虞れがあるものと言わなければならない。

かかる場合は、夫婦間の調整の問題と申立人ら未成年者の福祉の問題とが抵触して、これをいかにすべきかの点に判断の中心があることになる。ところで、本件の場合申立人らの福祉とは申立人らが父の氏を称することによつてうる社会的な利益であつて、法律的に権利義務の消長を来たすことではないから、それによつて、社会生活をなす集団の単位として最も基本的な形態として法的な保護を与えられる婚姻中の父母とその嫡出子を含めた家族の幸福を損なつてまで認められるべきものではない。もし、申立人らの父が真に本件申立によつて申立人らの福祉を図るとするならば、まず妻との問題を解決して、妻子との健全な生活状態に改めてから申立をすることが正当であろう。

いずれにしても、子の氏の変更についてその許可の基準については、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的とする家事審判法第一条の法意に反することは許されない。この点に問題の存する本件申立は理由なきものと言わなければならない。よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 吉村弘義)

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